プチエッセイ2 「ありがとう」が飴玉になったら

公開日: 2010年1月28日木曜日 エッセイ

最近、「ありがとう」の本当の部分がわかるようになってきました。

目の前の風景、さらに世界をぐるりと見渡すと、すべてが「ありがとう」の気持ちが形になってそこに存在しているように思えてきたのです。

猫のタムラさんを、「ありがとう味」の飴玉に例えたら一万粒でも足りません。

雪道をざくざく歩くためのブーツを、ありがとう飴にしたら二千粒くらいかな。

空ハチの雑貨を買ってくれたお客様への想いは、飴玉タワーにすると宇宙まで行っちゃいます。

毎日働く家族ひとりひとりを、ありがとう飴に例えたら、どんな入れ物を用意してもあふれてしまう。

だから、ショッピングなどで、レジでお金を出す時はお金に「行ってらっしゃい。また必ず戻ってきてね」と心の中でつぶやいてから支払います。

お給料袋の中のお金や、銀行に振り込まれたお金は、自分を選んできてくれたお金です。そのお金を、また旅に出すのですから、しっかり見送るのです。

税金だって、本当に高いです。でも悲しみながら支払うより、支払えることに感謝する。

そうすると、お金もありがとう飴にみえるのです。

今日買った野菜や牛乳・・・みんなありがとう飴です。何もかもが。そして最後に、自分自身もありがとう飴でできていることを、噛みしめて、ありがとう飴でできた布団にもぐりこむ。

あなたも、ありがとう飴でできています。


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2 件のコメント :

ちぃ。 さんのコメント...
tama さんのコメント...